烟雲過眼(えんうんかがん)の意味と読み方 - 四字熟語辞典
四字熟語辞典「烟雲過眼」の意味を解説します。
烟雲過眼
- 読み方
- えんうんかがん
- 意味
- 必要以上に物事に執着しないこと。または、慾がなく、物事にこだわらないことのたとえ。雲や霞、煙などは目の前で留まることがなく、通り過ぎていくという意味から。煙雲過眼とも書く。
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- 「え」から始まる四字熟語




「烟雲過眼(えんうんかげん)」とは、煙や雲のように、あっという間に過ぎ去ることを表す四字熟語です。時間の流れが速く、あっという間に過ぎ去る瞬間や、また、夢や幻想などが現実のように感じられる瞬間を表現することもあります。
この四字熟語は、古くから中国の詩歌や書物に多く見られ、また、日本でも和歌や俳句などにも用いられてきました。例えば、日本の俳句では、「烟雲や世をうつりゆく舟かな」(松尾芭蕉)などの句が有名です。
現代社会においては、時間が過ぎるのがとても速く感じられるという人も多く、また、情報が爆発的に増える中で、すぐに古くなってしまうことが多いため、「烟雲過眼」という表現がますます適切になっていると言えます。
また、人生においても、人生の転機や人生の節目があると、あっという間に過ぎ去ってしまうことが多くあります。このような瞬間に、「烟雲過眼」という言葉を思い浮かべ、その瞬間を深く感じることが大切です。
語源・由来
「烟雲過眼」という言葉の語源や由来は、中国の古典的な文献や詩に由来しています。具体的には、唐代の詩人である白居易の詩「赋得古原草送别」にこの言葉が見られます。
この詩の中で、「人生如逆旅,我亦是行人。」すなわち、「人生は逆の旅路のようなもので、私も旅人である。」という一節があります。そして、「烟雲過眼,不到長安見水西。」すなわち、「煙雲が目に過ぎ、水西を見る前に長安に到達できない。」という一節が続きます。ここで、烟雲過眼という表現が使われて、瞬間的に過ぎ去る時の速さや、人生のはかなさを表現しています。
この詩は、白居易が友人と別れる際の悲しみや、自分自身の人生観を表現したもので、その美しさと深みから、後世にまで愛され続けています。また、「烟雲過眼」という表現も、その美しさや深みから、多くの人々に受け継がれ、広く用いられるようになったのです。
例文
- 人生は烟雲過眼のようにあっという間に過ぎていくものだ。
- あの日の出来事はまるで烟雲過眼のように思い出せない。
- 彼女との出会いは烟雲過眼のように思えるけど、もう何年も一緒にいる。
- 春の風景は烟雲過眼のように流れていく。
- 今回の旅行は烟雲過眼のようにあっという間に終わってしまった。
