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高山登久太郎とは

高山登久太郎

高山 登久太郎(たかやま とくたろう、 1928年 - 2003年6月15日)は、ヤクザ。
指定暴力団四代目会津小鉄会長。
在日本大韓民国民団中央本部中央委員、滋賀韓商常任顧問。
本名は“姜 外秀”(カン ウェス)。
若い頃は、“今里のタッカン”、“タッカン”と呼ばれた。
1928年(昭和3年)、大阪府大阪市東成区今里に出生。
両親は韓国人であった。
1941年(昭和16年)の暮れに太平洋戦争が勃発。
戦時中は徴用に借り出され、軍需工場で働いた。
1945年(昭和20年)の夏に終戦を迎えると、高山一家は祖国・韓国に帰るため、大阪から北九州市門司に移った。
その後、叔父が事故死。
その遺骨を大阪天王寺の一心寺に届けるために大阪に戻った。
一心寺で叔父の納骨を済まし、大阪市東成区の今里へ。
今里の闇市で旧友と再会し、門司へは帰らず、今里に留まることを決意。
ある日、父親が今里まで訪ねてきた。
高山は今里の映画館前で、父親と出会ったが、「映画館の中で友人と待ち合わせをしている」と嘘をつき、映画館に入ってから、通用口を通って、その場を去った。


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