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大沢啓二とは

大沢啓二

大沢 啓二(おおさわ けいじ、1932年3月14日 - 2010年10月7日)は、神奈川県藤沢市出身のプロ野球選手(外野手)・コーチ・監督・球団経営者・解説者・評論家。
日本ハム球団株式会社常務、全国野球振興会初代理事長。
「大澤」と表記されることもある。
本名は大沢 昭(おおさわ あきら)、旧名は大沢 昌芳(おおさわ まさよし)。
愛称は「親分」あるいは「大沢親分」「大沢の親分」。
学生時代 = 平塚工業→神奈川商工高 = 学生時代は悪童で鳴らし、神奈川県立平塚工業学校(現:神奈川県立平塚工科高等学校)に入学するも、地元で起こした暴力事件が原因で中退。
平塚工業学校を中退後、兄の大沢清の斡旋で清の母校である神奈川県立商工高等学校に編入し、野球を始める。
「野球をやらなければヤクザにしかなれなかったかも知れない」と後年語っている。
神奈川商工2年生時に第32回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、2回戦で敗退。
3年生時の1951年、全国高等学校野球選手権神奈川大会の試合で、自信を持って投じたストライクをボール (野球)と判定されたり、確実にセーフだと思ったタッチプレーを二度もアウトにされるなどの球審の判定に不服を覚える。


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