荘子の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

荘子|24件。

荘子(そうし、生没年は厳密には不明だが、紀元前369年 - 紀元前286年と推定されている)は、中国の戦国時代の宋国の蒙(現在の河南省商丘あるいは安徽省蒙城)に産まれた思想家で、道教の始祖の一人とされる人物である。荘周(姓=荘、名=周)。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。 荘子の伝記は『史記』巻63にあるものの、明らかではない。そのことから架空説も存在するほどである。 思想 荘子の思想は無為自然を基本とし、人為を忌み嫌うものである。老子との違いは、前者は政治色が濃い姿勢が多々あるが、荘子は徹頭徹尾にわたり俗世間を離れ無為の世界に遊ぶ姿勢で展開される。 軸となる傾向は徹底的に価値や尺度の相対性を説き、逆説を用い日常生活における有用性などの意味や意義にたいして批判的である。 こうした傾向を、脱俗的な超越性から世俗的な視点の相対性をいうものとみれば、従来踏襲されてきた見方であるが、老荘思想を神秘主義思想の応用展開として読むことになる。

『荘子』(そうじ、そうし)は、荘子(荘周)の著書とされる道家の文献。 現存するテキストは、内篇七篇・外篇十五篇・雑篇十一篇の三十三篇で構成される。 伝来 現存する『荘子』は、内篇のみが荘周その人による著書で、外篇・雑篇は後世の偽書であるとの見方が一般的である。『史記』「老子韓非列伝」によれば『荘子』の書は十万余字であった。『漢書』「芸文志」によれば、もとは五十二篇あったという。 金谷治の説では、これらの篇が『荘子』として体系化されたのは、『淮南子』を編集した淮南王劉安のもとであろう。老子と荘子をまとめて「老荘」と称すのも『淮南子』からである。 晋代、郭象は漢の時代の荘子テキストを分析して、荘周の思想と異なるものが混じっていたために10分の3を削除して、内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇にまとめ、現在の三十三篇に整備した。それが現行の定本となっている。現在の字数は約6万5千字である。郭象はまた『荘子注』という注釈書も残した。 唐の時代、道教を信仰した玄宗皇帝によって荘子に「南華真人(南華眞人)」の号が贈られ、書物『荘子』も『南華真経(南華眞經)』と呼ばれるようになった。

『荘子』より : 荘子(そうし、生没年は厳密には不明だが、紀元前369年 - 紀元前286年と推定されている)は、中国の戦国時代の宋国の蒙(現在の河南省商丘あるいは安徽省蒙城)に産まれた思想家で、道教の始祖の一人とされる人物である。荘周(姓=荘、名=周)。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。 荘子の伝記は『史記』巻63にあるものの、明らかではない。そのことから架空説も存在するほどである。 思想 荘子の思想は無為自然を基本とし、人為を忌み嫌うものである。老子との違いは、前者は政治色が濃い姿勢が多々あるが、荘子は徹頭徹尾にわたり俗世間を離れ無為の世界に遊ぶ姿勢で展開される。 軸となる傾向は徹底的に価値や尺度の相対性を説き、逆説を用い日常生活における有用性などの意味や意義にたいして批判的である。 こうした傾向を、脱俗的な超越性から世俗的な視点の相対性をいうものとみれば、従来踏襲されてきた見方であるが、老荘思想を神秘主義思想の応用展開として読むことになる。

荘子 - そうし

明鏡止水(めいきょうしすい)

荘子 - そうし

徳をもって人に分かつ、これを聖という。財をもって人に分かつ、これを賢という。

荘子 - そうし

窮するもまた楽しみ、通ずるもまた楽しむ。楽しむ所は窮通に非ざるなり。

荘子 - そうし

人は皆、有用の用を知るも、無用の用を知らず。

荘子 - そうし

力足らざれば偽り、知足らざれば欺き、財足らざれば盗む。

荘子 - そうし

犬はよく吠ゆるを以って良とせず、人はよく話すを以って賢とせず。

荘子 - そうし

功を以て人に勝つことなかれ。謀を以て人に勝つことなかれ。戦を以て人に勝つことなかれ。

荘子 - そうし

面と向って人を褒めたがるやつは、影に回ると悪口を言いたがる。

荘子 - そうし

敬を以てする孝は易く、愛を以てする孝は難し。親を忘るるは易きも、親をして我を忘れしむるは難し。

荘子 - そうし

駿馬(しゅんめ・しゅんば=足の速い優れた馬)は、一日に千里走ることができるが、鼠を捕まえることでは猫にはかなわない。

荘子 - そうし

命長ければ、恥多し。

荘子 - そうし

君子の交わりは淡きこと水のごとし、小人の交わりは甘きこと醴のごとし。