芥川龍之介の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

芥川龍之介|55件。

芥川龍之介

自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。

芥川龍之介

完全に自己を告白することは、何びとにも出来ることではない。同時にまた、自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。

芥川龍之介

古来政治的天才とは民衆の意思を彼自身の意思とするもののように思われていた。が、これは正反対であろう。むしろ政治的天才とは彼自身の意思を民衆の意思とするもののことをいうのである。

芥川龍之介

正義は武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方にも買われるであろう。正義も理屈さえつけさえすれば、敵にも味方にも買われるものである。

芥川龍之介

恋愛の徴候の一つは彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである。

芥川龍之介

我々はしたいことの出来るものではない。ただ、出来ることをするものである。

芥川龍之介

どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。

芥川龍之介

女は常に好人物を夫に持ちたがるものではない。しかし男は好人物を常に友だちに持ちたがるものである。

芥川龍之介

運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」という言葉はけっしてなおざりに生まれたものではない。

芥川龍之介

あらゆる社交はおのずから虚偽を必要とするものである。

芥川龍之介

人間は時として、満たされるか満たされないかわからない欲望のために一生を捧げてしまう。その愚を笑う人は、つまるところ、人生に対する路傍の人に過ぎない。

芥川龍之介

人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年)7月24日)は、日本の小説家。本名同じ、号は澄江堂主人、俳号は我鬼。 その作品の多くは短編である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も書いている。 生涯 東京市京橋区入船町8丁目(現中央区明石町)に牛乳製造販売業を営む新原敏三、フクの長男として生まれる。姉が2人いたが、長姉は、龍之介が生まれる1年前に6歳で病死している。 生後7ヵ月後頃に母が精神に異常をきたしたため、東京市本所区小泉町(現在の墨田区両国)にある母の実家の芥川家に預けられ、伯母フキに養育される。11歳の時に母が亡くなり、翌年に叔父芥川道章(フクの実兄)の養子となり芥川姓を名乗ることになった。旧家の士族芥川家は江戸時代、代々徳川家に仕え雑用、茶の湯を担当したお数寄屋坊主の家である。家中が芸術・演芸を愛好し江戸の文人的趣味が残っていた。 なお、龍之介の名前は、彼が辰年・辰月・辰日・辰の刻に生まれたことに由来すると言われているが、出生時刻については資料がないため不明。

芥川龍之介賞(あくたがわりゅうのすけしょう)、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。 沿革 大正時代を代表する小説家の一人・芥川龍之介の業績を記念して、友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞(直木賞)とともに創設し以降年2回発表される。第二次世界大戦中の1945年から一時中断したが1949年に復活した。新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定される。受賞者には正賞として懐中時計、副賞として100万円(2011年現在)が授与され受賞作は『文藝春秋』に掲載される。 選考委員は小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、高樹のぶ子、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美の9名(2012年上半期から)。選考会は、料亭『新喜楽』の1階で行われる(直木賞選考会は2階)。受賞者の記者会見とその翌月の授賞式は、長く東京會舘で行われていたが、同館の建て替えにともない現在は帝国ホテルで行われている。