渋沢栄一の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

渋沢栄一|51件。

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) - 昭和6年(1931年)11月11日)は、江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父といわれる。理化学研究所の創設者でもある。 正二位勲一等子爵。雅号に青淵(せいえん)。 生い立ち 天保11年(1840年)2月13日、武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)に父・渋沢市郎右衛門元助、母・エイの長男として生まれた。幼名は栄二郎。のちに、栄一郎、篤太夫、篤太郎。渋沢成一郎は従兄。 渋沢家は藍玉の製造販売と養蚕を兼営し米、麦、野菜の生産も手がける豪農だった。原料の買い入れと販売を担うため、一般的な農家と異なり、常に算盤をはじく商業的な才覚が求められた。市三郎も父と共に信州や上州まで藍を売り歩き、藍葉を仕入れる作業も行った。14歳の時からは単身で藍葉の仕入れに出かけるようになり、この時の経験がヨーロッパ時代の経済システムを吸収しやすい素地を作り出し、後の現実的な合理主義思想につながったといわれる。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

人は全て自主独立すべきものである。自立の精神は人への思いやりと共に人生の根本を成すものである。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

全て形式に流れると精神が乏しくなる。何でも日々新たにという心がけが大事である。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件である。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

事業には信用が第一である。世間の信用を得るには、世間を信用することだ。個人も同じである。自分が相手を疑いながら、自分を信用せよとは虫のいい話だ。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

たとえその事業が微々たるものであろうと、自分の利益は少額であろうと、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで仕事にあたることができる。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

金儲けを品の悪いことのように考えるのは、根本的に間違っている。しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのもたしかである。金儲けにも品位を忘れぬようにしたい。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

死ぬときに残す教訓が大事なのではなく、生きている時の行動が大事なのだ。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

信用はのれんや見た目から得られるものではなく、確固たる信念から生まれる。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

真似をするときには、その形ではなく、その心を真似するのがよい。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

数字算出の確固たる見通しと、裏づけのない事業は必ず失敗する。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

反対者には反対者の論理がある。それを聞かないうちに、いきなりけしからん奴だと怒ってもはじまらない。問題の本質的な解決には結びつかない。

渋沢栄一 - しぶさわ えいいち

世の人が元気をなくしており、社会の発展が停滞している。いままでの仕事を守って間違いなくするよりも、さらに大きな計画をして発展させ、世界と競争するのがよいのだ。