松下幸之助の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

松下幸之助|120件。

松下幸之助

楽観よし悲観よし。悲観の中にも道があり、楽観の中にも道がある。

松下幸之助

とにかく、考えてみることである。工夫してみることである。そして、やってみることである。失敗すればやり直せばいい。

松下幸之助

失敗の原因を素直に認識し、「これは非常にいい体験だった。尊い教訓になった」というところまで心を開く人は、後日進歩し成長する人だと思います。

松下幸之助

すべての人を自分より偉いと思って仕事をすれば、必ずうまくいくし、とてつもなく大きな仕事ができるものだ。

松下幸之助

無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ。

松下幸之助

志低ければ、怠惰に流れる。

松下幸之助

競争も必要、対立することもあっていい。だが敵をも愛する豊かな心を持ちたい。

松下幸之助

叱るときには、本気で叱らんと部下は可哀想やで。策でもって叱ってはあかんよ。けど、いつでも、人間は偉大な存在であるという考えを根底に持っておらんとね。

松下幸之助

才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことをおそれなくてはならない。

松下幸之助

悩んでも悩まない、そういうように感じることができれば、人生は決して心配することはない。

松下幸之助

人がこの世に生きていく限り、やはり何かの理想を持ちたい。希望を持ちたい。それも出来るだけ大きく、出来るだけ高く。

松下幸之助

人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて心を貧困にするようなものである。

松下 幸之助(まつした こうのすけ、1894年〈明治27年〉11月27日 - 1989年〈平成元年〉4月27日)は、日本の実業家、発明家、著述家。 パナソニック(旧社名:松下電気器具製作所、松下電器製作所、松下電器産業)を一代で築き上げた経営者である。異名は経営の神様。 自分と同じく丁稚から身を起こした思想家の石田梅岩に倣い、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出す一方、晩年は松下政経塾を立ち上げ政治家の育成にも意を注いだ。 生い立ち 1894年11月27日、和歌山県海草郡和佐村千旦ノ木(現:和歌山市禰宜)に、小地主松下政楠・とく枝の三男として出生。家が松の大樹の下にあったところから松下の姓を用いたとする。 1899年頃、父が米相場で失敗し破産したため、一家で和歌山市本町1丁目に転居し下駄屋を始めた。しかし父には商才もなく店を畳んだため、尋常小学校を4年で中退し、9歳で宮田火鉢店に丁稚奉公に出される。後、奉公先を五代自転車に移した。後のパナレーサー設立のきっかけになった。自転車屋奉公時代、店に来た客にたびたびタバコを買いに行かされた。