斎藤茂太の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

斎藤茂太|62件。

斎藤茂太 - さいとう しげた

世間からよく思われることよりも、自分が心からやりたいことを見つけ出すこと。そして、自分らしく生きていくことのほうがずっと大切であるということ。

斎藤茂太 - さいとう しげた

美しい人生を見たいのなら、心の窓をきれいに磨くことだ。

斎藤茂太 - さいとう しげた

人は「けなげな人」に、手を差しのべる。

斎藤茂太 - さいとう しげた

「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生。

斎藤茂太 - さいとう しげた

仕事は雑に考えると、雑事になってしまう。

斎藤茂太 - さいとう しげた

感動こそがストレスに負けない最大の秘訣。そして、長生きのコツでもある。

斎藤茂太 - さいとう しげた

本当に有能な上司は、部下にも自分にも適度に甘い。

斎藤茂太 - さいとう しげた

「自分のない人」ほど、自分を主張する。

斎藤茂太 - さいとう しげた

人と会うのが苦手な人の大半は、相手と打ち解けるのに時間がかかるものだが、それは出会いの一瞬に相手に対する親愛の情を示さないからだ。

斎藤茂太 - さいとう しげた

腕を上げるには、ネをあげないことだ。

斎藤茂太 - さいとう しげた

できるだけたくさんの本を読み、美しいものに触れ、思いやりを持って人に接する。当たり前のことを言っていると思うでしょうが、そういうことの積み重ねが、本当に人を美しくするんです。九十年も世の中を観察してきた僕が言うんだから、間違いない。

斎藤茂太 - さいとう しげた

何を笑うかで人間がわかる。なんでも笑えば人間は変わる。

斎藤 茂太(さいとう しげた、1916年3月21日 - 2006年11月20日)は、日本の精神科医、随筆家である。愛称はモタさん。 生い立ち 1916年(大正5年)、歌人で精神科医の斎藤茂吉の長男として東京市(当時)に生まれる。 青南小学校、東京府立第八中学校(現在の東京都立小山台高等学校)、明治大学文学部を経て、1942年(昭和17年)9月に旧制昭和医学専門学校を卒業し、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得。 大東亜戦争(太平洋戦争)中に応召し、大日本帝国陸軍軍医大尉となる。 医師・作家 医師として斎藤病院名誉院長、日本精神病院協会(現在の日本精神科病院協会)名誉会長、アルコール健康医学協会会長を務める傍ら、作家としても活躍し、多数の著書を出版した。日本ペンクラブ理事、日本旅行作家協会会長を務めた。 晩年 最晩年、米寿を越えた頃から足を悪くし、講演や旅行は減ったが、作家活動に時間を費やすようになり、それまで以上に多数の著書を世に出した。