宮本武蔵の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

宮本武蔵|24件。

宮本武蔵 - みやもと むさし

世々の道を背くことなし。

宮本武蔵 - みやもと むさし

道においては死をいとわず思う。

宮本武蔵 - みやもと むさし

千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす。

宮本武蔵 - みやもと むさし

構えあって構えなし。

宮本武蔵 - みやもと むさし

初めの少しのゆがみが、あとには大きくゆがむものである。

宮本武蔵 - みやもと むさし

多数の人間と戦う時は、こちらが待っていてはいけない。敵が四方から攻めかかってきても、むしろ、こちらから、一方へ追い回す心で向かっていくべきである。待っていてはいけない。こちらから強く切り込み、敵の集団を追いくずし、切りくずしていくのである。

宮本武蔵 - みやもと むさし

武士といえば、常に死ができている者と自惚れているようだが、そんなものは出家、女、百姓とて同様だ。武士が他と異なるのは、兵法の心得があるという一点においてだけだ。

宮本武蔵 - みやもと むさし

武士は己を知る者のために死す。

宮本武蔵 - みやもと むさし

我、神仏を尊びて、神仏を頼らず。

宮本武蔵 - みやもと むさし

一理に達すれば万法に通ず。

宮本武蔵 - みやもと むさし

役に立たぬ事を、せざる事。

宮本武蔵 - みやもと むさし

身を浅く思ひ、世を深く思ふ。

宮本 武蔵(みやもと むさし、天正12年(1584年)? - 正保2年5月19日(1645年6月13日))は、江戸時代初期の剣術家、兵法家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖。また、重要文化財指定の水墨画や工芸品を残している。 本姓は藤原、名字は宮本、または新免、通称は武蔵、諱は玄信(はるのぶ)である。幼名は辨助(べんのすけ)、号は二天、また二天道楽。著書『五輪書』の中では新免武蔵守・藤原玄信と名乗っている。 武蔵の自筆とされる有馬直純宛書状・長岡佐渡守宛書状には「宮本武蔵玄信」と記し、長岡佐渡守宛書状には「二天」の号も書いている。熊本市弓削の墓碑は「新免武蔵居士」、養子伊織が武蔵の死後9年目に建てた『新免武蔵玄信二天居士碑』 には「播州赤松末流新免武蔵玄信二天居士」とある。武蔵死後71年目の『本朝武芸小伝』(1716年)で「政名」なる名が紹介された。これを引用した系図や伝記、武蔵供養塔が広く紹介されたことから諱を「政名」とする武蔵の小説や紹介書が多数あるが、二天一流門弟や小倉宮本家の史料にこの「政名」は用いられていない。

『宮本武蔵』(みやもとむさし)は、日本放送協会 NHKNHK総合テレビジョン 総合テレビで1984年4月4日から1985年3月13日まで放映されたテレビドラマ。NHK新大型時代劇の1作。全45話。吉川英治の小説『宮本武蔵 (小説) 宮本武蔵』を原作とし、剣豪宮本武蔵の青年時代から巌流島の決闘までを描いている。
ほぼ原作に忠実に添い、それまで映像化されなかったエピソードなども拾い上げられた杉山義法による巧みな脚本づくりにより、質の高い人間ドラマを現出せしめるのに成功している。さらに、三枝成彰 三枝成章(現:成彰)の音楽も作品の完成度を高めることに多大な貢献を果たした。
杉山は1971年の大河ドラマ『春の坂道』(原作:山岡荘八)の脚本を担当したこともあり、柳生宗矩に対する思い入れが相当に深く、この『宮本武蔵』では宗矩を原作以上に頻繁に、かつ重要な役どころで登場させている(当時『春の坂道』の映像が全く失われていた、とされていたことも影響している)。劇中に「大和の蛙」などの『春の坂道』の作品世界を彷彿させる言葉が登場するのはそのためである。

宮本武蔵駅(みやもとむさしえき)は、岡山県美作市今岡にある、智頭急行智頭線の駅。 駅名は、付近に宮本武蔵の生誕地伝承があることから命名された。 駅構造 智頭方面に向かって左側に単式ホーム1面1線を有する。盛土区間だが、ホームは高架構造である。無人駅であり、自動券売機等の乗車券購入設備はない。地上から階段を上がった所に、待合室程度の駅舎があり、そこを抜けるとホームになる。 地上にも待合所があり、自動販売機やトイレが設置されている。 駅周辺 武蔵の里(宮本武蔵生誕伝承地) 五輪坊(武蔵資料館、武蔵道場)、宮本武蔵顕彰 武蔵武道館、讃甘神社、平尾家、壱貫清水、鎌坂峠、武蔵神社など 美作市立大原中学校 美作市立大原小学校 讃甘郵便局 鳥取自動車道 大原インターチェンジ 国道373号 国道429号 岡山県道5号作東大原線 岡山県道・兵庫県道240号下庄佐用線 1994年(平成6年)12月3日 - 智頭線開業と同時に設置。

『宮本武蔵』(みやもとむさし)は、1973年に公開された日本映画。 原作は吉川英治の同名小説。監督は加藤泰。製作・配給は松竹。宮本武蔵には、時代劇俳優として人気を博した高橋英樹、佐々木小次郎には、五社協定による映画界追放の後にカムバックした田宮二郎が起用された。 本編は「第一部・関が原より一条下り松」と「第二部・柳生の里より巌流島」で構成されており、関ヶ原の戦い直後から巌流島の戦いまでが描かれている。巌流島の戦いでは雨の中の演出がなされ、加藤特有のローアングルによる撮影が施されている。 あらすじ キャスト 宮本武蔵:高橋英樹 佐々木小次郎:田宮二郎 朱実:倍賞美津子 お通:松坂慶子 沢庵:笠智衆 吉岡清十郎:細川俊之 吉岡伝七郎:佐藤允 お杉:任田順好 お甲:木村俊恵 壬生源左衛門:石山健二郎 長岡佐渡:加藤嘉 岩間角兵衛:加藤武 祇園藤次:穂積隆信 宍戸梅軒:戸浦六宏 佐助:谷村昌彦 研屋耕介:汐路章 木村助九郎:河野秋武 ナレーター:米倉斉加年 遠藤征慈 木南加駕四郎:牧冬吉 笹屋の主人:明石潮 武藤章生 宝蔵院阿厳:大前均 石井富子 壬生源次郎:田村正勝 谷よしの 水木涼子 村上記代 細川忠利:浜畑賢吉 お光:仁科明子 小林太郎左衛門:有島一郎 本位田又八:フランキー堺 スタッフ 監督:加藤泰 製作:三嶋与四治 脚本:野村芳太郎、山下清泉 撮影:丸山恵司 音楽:鏑木創 美術:森田郷平、浦山芳郎 調音:小尾幸魚 録音:平松時夫 照明:三浦礼 編集:大沢しづ 進行:福山正幸 衣装考証:内藤悦子 スチール:赤井薄且 製作主任:内藤誠 製作宣伝:藤谷正雄 擬闘:足立伶二郎 剣指導:高野弘正 助監督:三村晴彦 製作補:杉崎重美 外部リンク 宮本武蔵 - allcinema 宮本武蔵 - KINENOTE。

作品名 宮本武蔵”Samurai I: Musashi Miyamoto”
原題
監督 稲垣浩
製作総指揮
製作 滝村和男
脚本 稲垣浩、若尾徳平
出演者 三船敏郎、八千草薫、三國連太郎
音楽 團伊玖磨
撮影
編集
配給 東宝
公開 1954年
上映時間 94分
製作国
言語
制作費
興行収入
前作

『宮本武蔵』(みやもとむさし、英題:Samurai I: Musashi Miyamoto )は、1954年(昭和29年)9月26日公開の日本映画である。東宝製作・配給。監督は稲垣浩、主演は三船敏郎。イーストマンカラー、スタンダード、94分。 これまでに何度も映像化されている吉川英治の長編小説『宮本武蔵』の戦後最初の映画化作品で、『続宮本武蔵 一乗寺の決斗』(1955年)、『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』(1956年)へと続く3部作の第1作である。また、東宝初のイーストマン・カラー作品でもある。配収は1億6341万円で、1954年度の邦画配収ランキング第7位となった。第28回アカデミー賞名誉賞受賞。 あらすじ 慶長5年(1600年)、美作国宮本村で「悪蔵」と呼ばれる乱暴者の武蔵(たけぞう)は、幼馴染の又八と共に村を抜け出し、雑兵として関ヶ原の戦いに参加した。侍としての出世を夢見る二人だったが、味方は惨敗。武蔵は負傷した又八を連れて、野武士の未亡人であるお甲と、娘の朱実が住む屋敷に転がり込んだ。