升田幸三の名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

升田幸三|23件。

升田幸三 - ますだ こうぞう

錯覚いけない、よく見るよろし

升田幸三 - ますだ こうぞう

人はだれでも特異な存在であり、無から有を創り出す力を授かっている。

升田幸三 - ますだ こうぞう

男は毬であってはならぬ。ちょっと頭をなぜられてはポンとはずみ、指一本触れただけで転がる。はずみそうではずまず、転びそうで踏みとどまるものを持っていなければ男ではない。

升田幸三 - ますだ こうぞう

一心になれる人というのは、自分の人生を完成しますな。世にいう成功者の秘訣というのは、これじゃないかと思う。

升田幸三 - ますだ こうぞう

まぁ生まれ直す事があったらね、2つから3つぐらいまでに将棋を覚えて、もういっぺんやり直してみたいと。今度は丈夫な体でね、名人を角落ちぐらいでね、からかってみるのも面白いと、こう思う。

升田幸三 - ますだ こうぞう

せんじつめていえば、そのもっている欠点を長所にする。これがプロの芸ということになるわけです。

升田幸三 - ますだ こうぞう

棋士は無くてもいい商売だ。だからプロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある。

升田幸三 - ますだ こうぞう

時代は変わっても、人間を磨くのは目的に挑戦する苦労だということは変わりません。いまの人も苦労はしてるが、それは物欲を満たす苦労で、自分独特、独創の苦労ではない。どんな世界でも同じだと思う。プロとアマの違いはアマは真似でも通用するが、プロの道は独創。またそうでなきゃ通用しない。だから苦しいが喜びも計り知れない。

升田幸三 - ますだ こうぞう

勝負は、その勝負の前についている。

升田幸三 - ますだ こうぞう

やっぱり狙いをつけた一心さ、ですね。 そういうときは、かりに失敗しても、非常にいい経験というか、つぎの知恵になります。

升田幸三 - ますだ こうぞう

おれがにらめば、横には動けぬ銀でも横に動くのだ。

升田幸三 - ますだ こうぞう

大切なのは創造です。人真似を脱し、新しいものをつくり出すところに、進歩が生まれる。

升田 幸三(ますだ こうぞう、1918年3月21日 - 1991年4月5日)は、将棋棋士。実力制第4代名人。広島県双三郡三良坂町(現三次市)生まれ。名前は正しくは「こうそう」と読むが、将棋界では「こうぞう」で通した。木見金治郎九段門下。棋士番号18。三冠独占などの輝かしい戦績は勿論のこと、その独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話は、将棋界の歴史を語る上で欠かすことができない。 父栄一、母カツノの四男として生まれる。1932年(昭和7年)2月に「日本一の将棋指し」を目指して家出。家出の時に愛する母の使う物差しの裏に墨でしたためた「この幸三、名人に香車を引いて…」の文言は、後に現実のものとなる(詳細は後述)。 広島市での飲食店やクリーニング店の丁稚奉公など紆余曲折を経て、大阪の木見金治郎八段の門下生となる。同門の先輩には大野源一、角田三男。そして後輩には、終生のライバル大山康晴がいる。初段でプロになるまで(当時のプロ棋士は初段からだった)が長かったが、初段になってからめきめきと頭角を現す。

『将棋大賞』より : 将棋大賞(しょうぎたいしょう)は、毎年度功績を残した将棋棋士などに与えられる賞である。第1回の表彰は1974年に行われた。 記録に関する賞以外は選考委員によって決定され、その模様は『将棋世界』誌に掲載される。 将棋大賞に関して、よく「受賞年」という言葉が使われるが、受賞年と(成績の)選考対象年度とでは、年の数字が1つずれる。たとえば、第30回の受賞年は2003年であるが、対象となるのは2002年度(2002年4月 - 2003年3月)の記録・活躍である。 将棋大賞の部門 1.個人賞(選考による) 最優秀棋士賞、優秀棋士賞(第33回新設)、敢闘賞(第33回新設)、新人賞 ※「敢闘賞」は、第32回までの「敢闘賞」を廃止した上で第33回に新設されたもの。 最優秀女流棋士賞(第27回より)、女流棋士賞 第26回までは、女流部門の将棋大賞は「女流棋士賞」のみであったが、第27回からは、女流の最高賞は「最優秀女流棋士賞」となり、印象に残った女流棋士へ「女流棋士賞」を贈ることとなった。