フョードル・ドストエフスキーの名言一覧|世界の偉人たちの名言・格言~成功者の言葉

フョードル・ドストエフスキー|89件。

フョードル・ドストエフスキー

人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ。

Man is unhappy because he doesn’t know he’s happy. It’s only that.

フョードル・ドストエフスキー

ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。

The degree of civilization in a society can be judged by entering its prisons.

フョードル・ドストエフスキー

希望を持たずに生きることは、死ぬことに等しい。

To live without Hope is to Cease to live.

フョードル・ドストエフスキー

愛のないところには、良識もまた育たない。

Where there is no love, there is no sense either.

フョードル・ドストエフスキー

人間には、愛がありさえすれば、幸福なんかなくったって生きていけるものである。

With love one can live even without happiness.

フョードル・ドストエフスキー

真の紳士は、持てる物をすべて失ったとしても感情を表してはならない。お金はまったく紳士の関心の外にあることであり、気にかける価値もない。

A real gentleman, even if he loses everything he owns, must show no emotion. Money must be so far beneath a gentleman that it is hardly worth troubling about.

フョードル・ドストエフスキー

神が存在しないならば私が神である。

If there is no God, then I am God.

フョードル・ドストエフスキー

「私にはその行為に責任があるのだろうか?ないのだろうか?」という疑問が心に浮かんだら、あなたに責任があるのです。

If you can put the question, ‘Am I or am I not responsible for my acts?’ then you are responsible.

フョードル・ドストエフスキー

他人に尊敬されたいのなら、自分自信を敬うがいい。自分自身に敬意を払うことによってのみ、他人はあなたを敬うようになるだろう。

If you want to be respected by others the great thing is to respect yourself. Only by that, only by self-respect will you compel others to respect you.

フョードル・ドストエフスキー

人間、人間は哀れみなしには生きていけない。

Man, man, one cannot live quite without pity.

フョードル・ドストエフスキー

神と悪魔が戦っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ。

God and the devil are fighting there and the battlefield is the heart of man.

フョードル・ドストエフスキー

地獄とは何か、それはもはや愛せないという苦しみだ。

What is hell? I maintain that it is the suffering of being unable to love.

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(ロシア語: Фёдор Миха́йлович Достое́вский; IPA: [ˈfʲɵdər mʲɪˈxajləvʲɪtɕ dəstɐˈjɛfskʲɪj]、1821年11月11日〔ユリウス暦10月30日〕 - 1881年2月9日〔ユリウス暦1月28日〕)は、ロシアの小説家・思想家である。代表作は『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』など。レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフと並び、19世紀後半のロシア小説を代表する文豪である。 その著作は、当時広まっていた理性万能主義(社会主義)思想に影響を受けた知識階級(インテリ)の暴力的な革命を否定し、キリスト教、ことに正教に基づく魂の救済を訴えているとされる。実存主義の先駆者と評されることもある。なお、姓は訳者によって「ドストエフスキイ」「ドストエーフスキイ」「ドストイェーフスキイ」などと表記されることもある。 生涯 モスクワの貧民救済病院の医師の次男として生まれる。15歳までモスクワの生家で暮らす。17歳の時にサンクトペテルブルク陸軍中央工兵学校に入学。