歌番号86-歌人:西行法師(さいぎょうほうし)

小倉百人一首

上の句

嘆けとて なげけとて
月やは物を つきやはものを
思はする おもわする

下の句

かこち顔なる かこちがおなる
わが涙かな わがなみだかな

嘆けとて 月やは物を 思はする

かこち顔なる わが涙かな

歌人

西行法師 さいぎょうほうし

音声で読み上げ


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西行法師とは

『西行』より : 西行(さいぎょう)、元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月31日)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人。 父は左衛門尉・佐藤康清、母は監物・源清経女。同母兄弟に仲清があり、子に隆聖、女子(単に西行の娘と呼ばれる)がある。俗名は佐藤 義清(さとう のりきよ)。憲清、則清、範清とも記される。出家して法号は円位、のちに西行、大本房、大宝房、大法房とも称す。 勅撰集では『詞花集』に初出(1首)。『千載集』に18首、『新古今集』に94首(入撰数第1位)をはじめとして二十一代集に計265首が入撰。家集に『山家集』(六家集の一)『山家心中集』(自撰)『聞書集』、その逸話や伝説を集めた説話集に『撰集抄』『西行物語』があり、『撰集抄』については作者と目される。 生涯 秀郷流武家藤原氏の出自で、藤原秀郷の9世孫。佐藤氏は義清の曽祖父・公清の代より称し、家系は代々衛府に仕え、また紀伊国田仲荘の預所に補任されて裕福であった。16歳ごろから徳大寺家に仕え、この縁で徳大寺実能や公能と親交を結ぶこととなる。


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