歌番号80-歌人:待賢門院堀河

小倉百人一首

上の句

長からむ ながからん
心も知らず こころもしらず
黒髪の くろかみの

下の句

乱れてけさは みだれてけさは
物をこそ思へ ものをこそおもえ

長からむ 心も知らず 黒髪の

乱れてけさは 物をこそ思へ

歌人

待賢門院堀河 たいけんもんいんのほりかわ

音声


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待賢門院堀河とは

待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ、生没年不詳)は、平安時代後期の歌人である。女房三十六歌仙・中古六歌仙の一人。父は神祇伯・源顕仲。姉妹に、顕仲卿女(重通妾)、大夫典侍、上西門院兵衛がいる。前斎院六条とも呼ばれる。 白河院皇女で斎院を退いた二条大宮令子内親王に出仕、六条と呼ばれた。後に鳥羽天皇の中宮・待賢門院藤原璋子に出仕し、堀川と呼ばれるようになった。康治元年(1142年)、主人・璋子の落飾に従い、同僚の待賢門院中納言と共に出家している。少なくとも一度は結婚したらしいが、夫とは死別。『金葉和歌集』以降の勅撰集、歌合等の他、家集『待賢門院堀河集』にも作品を残している。 逸話 兵衛との姉妹連歌が記録されている。 — 『菟玖波集』 下 主人だった待賢門院なき後、女房達は高倉三条第で翌年まで服喪していた。西行が、 — 『山家集』 巻中 雑 「あの方はどこに行ってしまったのでしょう」と問いかけたのに対し「それがわかるなら私もついて行ったのに」と応じている。


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