歌番号8-歌人:喜撰法師

小倉百人一首

上の句

我が庵は わがいおは
都の辰巳 みやこのたつみ
しかぞ住む しかぞすむ

下の句

世をうぢ山と よをうじやまと
人はいふなり ひとはゆうなり

我が庵は 都の辰巳 しかぞ住む

世をうぢ山と 人はいふなり

歌人

喜撰法師 きせんほうし

音声


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喜撰法師とは

『喜撰』より : 喜撰(きせん) 平安時代の歌人。六歌仙の1人。喜撰法師とも呼ぶ。本項で説明する。 「わが庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり」という喜撰の歌から、茶(宇治茶)の銘柄名。また茶の隠語。 平安時代の六歌仙を扱った天保2年江戸中村座初演の歌舞伎舞踊『六歌仙容彩』の第三幕「喜撰」。喜撰法師が女性を口説く踊りで、坂東三津五郎家が代々得意とした。喜撰(生没年不詳、伝不詳)は、平安時代初期の真言宗の僧・歌人。六歌仙の1人。 伝承では山城国乙訓郡の生まれとされ、出家後に醍醐山へと入り、後に宇治山に隠棲しやがて仙人に変じたといわれる。下に掲げる二首の歌のみが伝えられ、詳しい伝記などは不明。なお「喜撰」の名は、紀貫之の変名という説もある。また桓武天皇の末裔とも、橘諸兄の孫で、橘奈良麻呂の子ともいわれる。「古今和歌集仮名序」には、「ことばかすかにしてはじめをはりたしかならず。いはば秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし。詠める歌、多くきこえねば、かれこれをかよはしてよく知らず」と評されている。 歌学書『倭歌作式』(一名『喜撰式』)の作者とも伝えられるが、今日では平安後期の偽書(仮託書)と見られている。

喜撰平安時代の歌人。六歌仙の1人。喜撰法師とも呼ぶ。本項で説明する。「わが庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり」という喜撰の歌から、茶の銘柄名。また茶の隠語。平安時代の六歌仙を扱った天保2年江戸中村座初演の歌舞伎舞踊『六歌仙容彩』の第三幕「喜撰」。Wikipedia
生年月日:1118年


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