歌番号50-歌人:藤原義孝(ふじわらのよしたか)

小倉百人一首

上の句

君がため きみがため
惜しからざりし おしからざりし
命さへ いのちさえ

下の句

長くもがなと ながくもがなと
思ひけるかな おもいけるかな

君がため 惜しからざりし 命さへ

長くもがなと 思ひけるかな

歌人

藤原義孝 ふじわらのよしたか

音声で読み上げ


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藤原義孝とは

藤原 義孝(ふじわら の よしたか)は、平安時代中期の公家・歌人。摂政・太政大臣・藤原伊尹の三男(または四男)。中古三十六歌仙の一人。子に三蹟の一人藤原行成がいる。 生涯 侍従・左兵衛佐・春宮亮を歴任した後、天禄2年(971年)右近衛少将に任官。天禄3年(972年)には正五位下に叙せられる。天延2年(974年)当時流行した疱瘡にかかり、兄・挙賢と同日に21歳の若さで没した。同じ日の朝に挙賢が、夕方に義孝が死亡したとされる。 仏教への信仰心が篤かった。また、美貌で知られ、疱瘡で顔に傷痕が残って醜くなり自殺したとも言われている。怨霊になったという伝説もある。 『拾遺和歌集』(3首)以下の勅撰和歌集に12首が入集。家集に『義孝集』がある。 小倉百人一首 50番 君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな(『後拾遺和歌集』恋二669) 逸話 義孝の信仰心を示す逸話として、以下のようなものがある。


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