歌番号46-歌人:曾禰好忠

小倉百人一首

上の句

由良の門を ゆらのとを
渡る舟人 わたるふなびと
かぢを絶え かじをたえ

下の句

ゆくへも知らぬ ゆくえもしらぬ
恋の道かな こいのみちかな

由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え

ゆくへも知らぬ 恋の道かな

歌人

曾禰好忠 そねのよしただ

音声


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曾禰好忠とは

『曽禰好忠』より : 曽禰 好忠(そね の よしただ、生没年不詳)は、平安時代中期の歌人。出自については未詳。中古三十六歌仙の一人。官位は六位・丹後掾。長く丹後掾を務めたことから曾丹後(そたんご)とも曾丹(そたん)とも称された。 当時としては和歌の新しい形式である「百首歌」を創始し、さらに1年を360首に歌いこめた「毎月集」を作った。当時の有力歌人であった源順・大中臣能宣・源重之らと交流があったが、偏狭な性格で自尊心が高かったことから、社交界に受け入れられず孤立した存在であった。新奇な題材や『万葉集』の古語を用いて斬新な和歌を読み、平安時代後期の革新歌人から再評価された。 『拾遺和歌集』(9首)以下の勅撰和歌集に89首入集。家集に『曾丹集』がある。小倉百人一首 46番(及び『新古今和歌集』恋一1071)より。 由良の門(と)を 渡る舟人 梶(かじ)を絶え 行方も知らぬ 恋の通かな 逸話 寛和元年(985年)円融上皇の紫野での子の日の御遊において、官位に関係なく歌人の和歌を鑑賞する趣向の催しが開かれた際、催しに呼ばれていないにもかかわらず、好忠は召された歌人方の席に強引に着席したところ、藤原実資・藤原朝光の指図により追い出されたという。


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