歌番号30-歌人:壬生忠岑(みぶのただみね)

小倉百人一首

上の句

有り明けの ありあけの
つれなく見えし つれなくみえし
別れより わかれより

下の句

暁ばかり あかつきばかり
憂きものはなし うきものはなし

有り明けの つれなく見えし 別れより

暁ばかり 憂きものはなし

歌人

壬生忠岑 みぶのただみね

音声で読み上げ


スポンサーリンク

壬生忠岑とは

壬生 忠岑(みぶ の ただみね)は、平安時代前期の歌人。三十六歌仙の一人。 系譜 甲斐国造家の壬生直の一族で、従五位下・壬生安綱の子、あるいはある木工允・壬生忠衡子の説があるが、『三十六人歌仙伝』では「先祖不見」とあり、『歌仙伝』の方が古体であることを考慮すれば、不明であるとするのが穏当とされる。子におなじく三十六歌仙の一人である壬生忠見がいる。 身分の低い下級武官であったが、歌人としては一流と賞されており、『古今和歌集』の撰者として抜擢された。官人としては、定外膳部、六位・摂津権大目に叙せられたことが『古今和歌集目録』にみえるが、『歌仙伝』『忠見集』などの記載によれば、これらの官職についたのは息子の忠見であったらしく、『目録』の記載は疑わしいとされる。確実なのは『古今和歌集』「仮名序」をはじめ、諸史料にみえる右衛門府生への任官だけである。 また、『大和物語』によると藤原定国の随身であったという。 後世、藤原定家、藤原家隆から『古今和歌集』の和歌の中でも秀逸であると作風を評価されている。

壬生忠岑は、平安時代前期の歌人。三十六歌仙の一人。Wikipedia
生年月日:西暦898年
死没:西暦920年
著書:古今和歌集


このページのQRコード

メールを送る