歌番号3-歌人:柿本人麿(かきのもとのひとまろ)

小倉百人一首

上の句

あしびきの あしびきの
山鳥の尾の やまどりのおの
しだり尾の しだりおの

下の句

長々し夜を ながながしよを
独りかも寝む ひとりかもねん

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の

長々し夜を 独りかも寝む

歌人

柿本人麿 かきのもとのひとまろ

音声で読み上げ

上の句

下の句


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柿本人麿とは

『柿本人麻呂』より : 柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ、斉明天皇6年(660年)頃 - 養老4年(720年)頃)は、飛鳥時代の歌人。名は「人麿」とも表記される。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれ、称えられている。また三十六歌仙の一人で、平安時代からは「人丸」と表記されることが多い。 出自・系譜 柿本氏は、孝昭天皇後裔を称する春日氏の庶流に当たる。人麻呂の出自については、父を柿本大庭、兄を柿本猨(佐留)とする後世の文献がある。また、同文献では人麻呂の子に柿本蓑麿(母は依羅衣屋娘子)を挙げており、人麻呂以降子孫は石見国美乃郡司として土着、鎌倉時代以降益田氏を称して石見国人となったされる。いずれにしても、同時代史料には拠るべきものがなく、確実なことは不明とみるほかない。 彼の経歴は『続日本紀』等の史書にも書かれていないことから定かではなく、『万葉集』の詠歌とそれに附随する題詞・左注などが唯一の資料である。

柿本人麻呂は、飛鳥時代の歌人。名は「人麿」とも表記される。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれ、称えられている。また三十六歌仙の一人で、平安時代からは「人丸」と表記されることが多い。Wikipedia
生年月日:西暦662年
死没:西暦710年,石見国


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