歌番号29-歌人:凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

小倉百人一首

上の句

心あてに こころあてに
折らばや折らむ おらばやおらん
初霜の はつしもの

下の句

置きまどはせる おきまどわせる
白菊の花 しらぎくのはな

心あてに 折らばや折らむ 初霜の

置きまどはせる 白菊の花

歌人

凡河内躬恒 おおしこうちのみつね

音声で読み上げ


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凡河内躬恒とは

凡河内 躬恒(おおしこうち の みつね、貞観元年(859年)? - 延長3年(925年)?)は、平安時代前期の歌人・官人。姓は宿禰。一説では淡路権掾・凡河内諶利の子。官位は六位・和泉大掾。三十六歌仙の一人。 寛平6年(894年)甲斐権少目、延喜7年(907年)丹波権大目、延喜11年(911年)和泉権掾、延喜21年(921年)淡路権掾に任ぜられるなど、宇多朝から醍醐朝にかけて地方官を歴任。延長3年(925年)和泉国から帰京してまもなく没したという。 歌人として、歌合や賀歌・屏風歌において活躍し、昌泰元年(898年)の「朱雀院女郎花合」に出詠して以降、延喜7年(907年)宇多法皇の大堰川行幸、延喜16年(916年)石山寺御幸、延喜21年(921年)春日社参詣などに供奉して和歌を詠進した。またこの間の延喜5年(905年)には、紀貫之・紀友則・壬生忠岑と共に『古今和歌集』の撰者に任じられている。 三十六歌仙の一人に数えられ、『古今和歌集』(58首)以下の勅撰和歌集に194首入集するなど、宮廷歌人としての名声は高い。

凡河内躬恒は、平安時代前期の歌人・官人。姓は宿禰。一説では淡路権掾・凡河内諶利の子。官位は六位・和泉大掾。三十六歌仙の一人。Wikipedia
生年月日:西暦898年
死没:西暦922年
他の人はこちらも検索:壬生忠岑、紀貫之、紀友則
著書:古今和歌集


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