歌番号12-歌人:僧正遍昭(そうじょうへんじょう)

小倉百人一首

上の句

天つ風 あまつかぜ
雲の通ひ路 くものかよいじ
吹き閉ぢよ ふきとじよ

下の句

をとめの姿 おとめのすがた
しばしとどめむ しばしとどめん

天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ

をとめの姿 しばしとどめむ

歌人

僧正遍昭 そうじょうへんじょう

音声で読み上げ


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僧正遍昭とは

『遍昭』より : 遍昭(へんじょう、弘仁7年(816年) - 寛平2年1月19日(890年2月12日))は、平安時代前期の僧・歌人。俗名は良岑 宗貞(よしみね の むねさだ)。大納言・良岑安世の八男。官位は従五位上・左近衛少将。花山僧正とも号す。六歌仙および三十六歌仙の一人。 仁明天皇の蔵人から、承和12年(845年)従五位下・左兵衛佐、承和13年(846年)左近衛少将兼備前介を経て、嘉祥2年(849年)蔵人頭に任ぜられる。嘉祥3年(850年)正月に従五位上に昇叙されるが、同年3月に寵遇を受けた仁明天皇の崩御により出家する。最終官位は左近衛少将従五位上。 円仁・円珍に師事。花山の元慶寺を建立し、貞観11年(869年)紫野の雲林院の別当を兼ねた。仁和元年(885年)に僧正となり、花山僧正と呼ばれるようになる。『日本三代実録』によれば、この年の12月18日に宮中仁寿殿において、光孝天皇主催による遍昭の70歳の賀が行われていることから、光孝天皇との和歌における師弟関係が推定されている。

遍昭は、平安時代前期の僧・歌人。俗名は良岑宗貞。大納言・良岑安世の八男。官位は従五位上・左近衛少将。花山僧正とも号す。六歌仙および三十六歌仙の一人。Wikipedia
生年月日:西暦816年
生まれ:日本
死没:西暦890年2月21日


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