歌番号100-歌人:順徳院(じゅんとくいん)

小倉百人一首

上の句

ももしきや ももしきや
古き軒端の ふるきのきばの
しのぶにも しのぶにも

下の句

なほあまりある なおあまりある
昔なりけり むかしなりけり

ももしきや 古き軒端の しのぶにも

なほあまりある 昔なりけり

歌人

順徳院 じゅんとくいん

音声で読み上げ


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順徳院とは

『順徳天皇』より : 順徳天皇(じゅんとくてんのう)は、鎌倉時代の第84代天皇(在位:承元4年11月25日(1210年12月12日) - 承久3年4月20日(1221年5月13日))。諱は守成(もりなり)。 後鳥羽天皇の第三皇子。母は、藤原範季の娘・重子(修明門院)。 後鳥羽天皇と、寵妃藤原重子(修明門院)の皇子として生まれる。正治元年(1199年)1月に親王宣下。正治2年(1200年)4月に土御門天皇の皇太弟となる。穏和な土御門天皇とは対照的に激しい気性の持ち主だと言われていて、後鳥羽上皇から大きな期待を寄せられていたためである。摂政である九条良経が自分の娘(立子)を土御門天皇に入内させようとすると、後鳥羽上皇はそれを中止して東宮(順徳天皇)の妃にするように命じ(『愚管抄』巻6)、更に長年朝廷に大きな影響を与えてきた後白河法皇の皇女で歌人として名高かった式子内親王を東宮の准母にしようとして彼女の急死によって失敗に終わると、その代わりとして上皇自身の准母であった殷富門院(式子の姉)を准母として(『猪隈関白記』建仁元年12月18日条)、上皇の後継者としての地位強化が図られている。


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